市原中央ロータリークラブ週報      2014.4.1
第1242号

国際ロータリー第2790地区ガバナー 関口 徳雄
第2790地区第3分区Bガバナー補佐 石井 七郎
会 長:谷川 安男
幹 事:野田 晴己
例 会:毎週火曜日12時30分点鐘 五井グランドホテル

点 鐘:谷川安男会長
ソング:奉仕の理想
司 会:大西SAA
お客様:


例会内容
 点鐘
 会長挨拶 谷川安男会長
 幹事報告 野田晴己幹事
 卓話上期を振り返って 谷川安男会長
 ニコニコ報告 出席報告
 点鐘 閉会

会長挨拶 :谷川安男会長

 皆さんこんにちは

4月を迎えて何か心が浮き浮きするような感じです。町を見ても新入生、新入社員、新しい姿で町が草木と共にはなやいでいるようです。
先週は私も大事な知人達を若くして急に亡くしております。4月1日にふさわしいか分かりませんが少しお話させていただきます。(森信三さん)


幹事報告: 野田晴己幹事
  
 な し

委員会報告:  

 な し

結婚・誕生祝
<結婚祝>
  石井昭会員/宮野順功会員/藤原勝次会員/田中勝会員/三好和彦会員/
  野田晴己会員/大西英樹会員/藤田賢吾会員/根本泉会員/
<誕生祝>              
  新井善太郎会員/時田矗会員/鈴木幸平会員田村雅治会員/井上賢司会員/

<奥様誕生祝>
  田中夫人/根本夫人/

卓話上期を振り返って:谷川安男会長

 二度とない人生だから
戦争のない世の実現に努力し
そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる若い人たちのために
この大願を書きつづけてゆこう

  • 女子レスリングの浜口京子さんのお父さんの「気合だあ!」は良く知られている。

あまりに人口に膾炙(かいしゃ)されすぎて、どっか遠ざける気持ちもあった。
ところが、この言葉が森信三先生の「人生二度なし」から来ていると語っているのをみて驚いた。「僕は気合ということを、教育者・森信三先生の『修身教授録』から教わりました。
この本の中にある、
「二度とない人生、いかに生きるかという、生涯の根本方向を洞察する見識並びにそれを実現する上に生ずる一切の困難に打ち勝つ大決心を打ち立てる覚悟がなくてはならない」
という一節に救われたんです。
なんと「修身教授録」を読まれていたんだ。
しかも、森信三先生の思想を精髄といえる「人生二度なし」に感動し生まれた言葉だと知って本当にびっくりした。
これはこっちも気合をいれて浜口京子選手を応援しなくちゃなんて思ったくらいだ。
アニマル浜口さんの「気合だ!」も新鮮な気持ちで聞いた。
ふふ、人の心は感動によって変わるのだ。
浜口さんは40歳でプロレスを引退した後、ボディビルジムを開いた。
そして「ミスター東京」シニア部門で優勝もした。
そして再びプロレスの世界に復帰したが、試合で投げられて首を痛め、再びリングを降りた。「そんな最悪の状態の中で救ってくれたのが森信三の『修身教授録』だった。
一つ詩を紹介します

 

《二度とない人生だから》 by 坂村 真民

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥のこえにも
無心の耳をかたむけてゆこう

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないように
こころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

二度とない人生だから
のぼる日 しずむ日
まるい月 かけてゆく月

現在では通用するか分かりません。しかし現在の若者に対してこの様な話をするのは年長者の役目のような気がします。一方、軍国主義につながると考える方もいるかもしれないが今の日本を育てた日本の先輩の考え方があったと思います。
○真民さんは、山本空外師と森信三先生のことを何度も詠みかつ語っている。
真民さんを通じてお二人を知った。
森信三とは何者ぞ。明治29年愛知県生まれ、大正12年京大哲学科に入学、西田幾太郎に師事する。昭和14年満州の建国大学に赴任、敗戦により21年帰国。昭和28年神戸大学教育学部に就任。
○森信三さんが昭和12年大阪天王寺師範学校で行った講義をまとめた「修身教授録」を図書館から借りてきた。戦前の講和にもかかわらず、その内容はいまだに新しく読む者の心を打つ。まずはその最初の講義をきいてみよう。
○「さて今年はご縁があって、諸君たちの組の修身を受け持つことになりましたが、すべてわれわれが教えたり教えられる間柄になるということは、考えてみれば実に深い因縁といっていいでしょう。
と申しますのも、この地球上には数十億の人間が住んでいますが、それはしばらくおくとしても、日本人だけ考えても、そのうちわれわれが一生の間に知り合う人間の数はきわめて僅かでしょう。
いわんや一生の間に、その面影を忘れない程度に知り合う間柄となると、いかにそれが少ないかということは、諸君らが過去十数年の生活を反省してみられたら、自ずと明らかなことだと思います。
これ古来多くの人が、たえず生きかわり死にかわりするけれど、しかも深く人生の意義と価値とを実現する人の少ないゆえんかもしれません。
そもそも人生の意義については、いろいろ考え方がありましょうが、われわれ日本人としては、自分が天から受けた力をこの肉体的生命の許される限り、十分に実現して人々のために尽くし、さらにこの肉体の朽ち果てた後にも、なおその精神がこの国土に残って、後にくる人々の心に、同様の自覚の火を点ずることにあるかと思うのです。
かくしてわれわれが人間としてこの世に生まれてきた意味は、この肉体が朽ち果てると同時に消え去るのでは、まだ十分とは言えないです。
この肉体の朽ちると共に、同時にその人の存在の意味も消え去るのでは、実は肉体の生きている間も、その精神は十分には生きていなかったと言っていいでしょう。
二宮尊徳翁はその「夜話」の中で
「生きているうちに神でない人が、死んだからといって、神に祀られる道理はない。
それはちょうど、生きているうちに鰹でなかったものが、死んだからといって、急に鰹節にならぬのと同じだ」
と言っていますが、さすがに大哲人の言葉だけあります。
生前真にその精神の生きていた人は、たとえその肉体は亡びても丁度鐘の余韻が残るようにその精神は必ずや死後にも残ることでしょう。
こう考えると、諸君らは今こそここに志を立てるべき時です。
そのような志が真に確立しない限り、諸君らは真に深く自分の生命を愛惜するとは言えないでしょう。
何となれば、真の精神は不滅であり、いかに凡人でもその生涯を深い真実に生きたならば、必ずやその死後、何らかの意味でその余韻を残しているからです。
人間が死後にも生きる精神とは、結局その人の生前における真実心そのもので、その真実の深さに比例して、その人の精神は死後にも残るのです。
とにかく人間は、地位とか学歴とかに引掛っている間は真に徹底した生き方はできないものです。
学歴というようなけち臭いものに引掛っている間は、その人の生命は十分には伸び切らないからです。
もちろん一方では、人間は自分の地位、さらには学歴というようなものについての謙虚さがなくてはなりません。
しかしながら、その内面精神においては、一切の世俗的な制約を越えて,高遇な識見を内に蔵していなくてはならぬのです。
そもそも人間はその外面を突き破り内に無限の世界を聞いてこそ真に優れた人と言えましょう。
さて、われわれこの人生は、二度と再び繰り返し得ないものであると言っても、諸君らはあまりたいして驚かないかもしれません。
私なども、諸君くらいの年頃には、この人生の最大事実に対しても、一向に無関心でいたから、もっともなことでもあるのです。
そもそもこの世の中のことは、多少の例外があるものですが、この「人生二度なし」という真理のみは、古来ただ一つの例外すらないのです。
諸君らが、この「人生二度なし」という言葉に対して、深く驚かないのは、無意識のうちに自分だけはその例外としているからではないでしょうか。
もちろん諸君らも意識すれば、自分をその例外であるなどと考えている人は、一人もないに相違ないのです。
要するに諸君たちが自分の生命に対して真に深く思いをいたしていない何よりの証拠だといえましょう。
すなわち諸君らが二度とない一生をこの人の世にうけながら、それに対して、深い愛惜尊重の念を持たない点に基因すると思うわけです。
われわれは、わずか一日の遠足にさえ、プランを立て、調査をするわけです。
しかるにこの二度とない人生について、人々は果たしてどれほどの調査と研究とをしているでしょうか。
否、この「人生二度なし」ということにさえ、常に念頭深く置いている人は少ないかと思うのです。


ニコニコ報告: 

◇藤田賢吾会員
  3月度ゴルフ研修会で優勝いたしました。ありがとうございます。

出席報告:
在籍者数:51名 
出席者数:35名 
本日の出席率  :74.46% 
事務局:〒290-0056 千葉県市原市五井5584-1 五井グランドホテル
      TEL0436(23)1211 FAX0436(23)1217
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